医師の資産形成術①|なぜ高収入でも資産が増えないのか?行動経済学から解明

資産形成

「年収1,500万円なのに、なぜかお金が貯まらない」——これは脳外科医として働く私自身がかつて感じていた矛盾です。同僚の医師たちと話すと、同じ悩みを抱えている人が多いことに気づきました。医師は高収入にも関わらず、資産形成に苦しんでいる人が多い。この記事では、その根本原因を行動経済学の視点から解き明かします。

「高収入=資産家」は幻想である

医師の平均年収は約1,200〜1,500万円。しかし「純金融資産1億円以上」の医師は全体の3割程度と言われています。残りの7割は高収入でありながら、老後の不安を抱えたまま働き続けています。

なぜこんなことが起きるのか。答えは行動経済学が明らかにした人間の「非合理な意思決定」にあります。

理由①:ライフスタイル・インフレーション(生活水準インフレ)

行動経済学では「ライフスタイル・インフレーション(Lifestyle Inflation)」と呼ばれる現象があります。収入が増えるにつれて、支出も自然と増えてしまう心理メカニズムです。

研修医時代は月収30万円で慎ましく暮らしていたのに、専門医になって月収100万円を超えると——

  • タワーマンションに引っ越す
  • 外車に乗り換える
  • 高級レストランでの会食が増える
  • 子どもを私立小学校に入れる

これらは個々に見れば「当然の選択」に見えます。しかし合計すると、収入増加分をほぼすべて消費してしまっている、というのが多くの医師の実態です。

行動経済学者のRobert Frank(コーネル大学)は、「収入の増加はほぼすべて支出の増加に変換される」という現象を「地位財競争(Positional Arms Race)」として説明しています。周囲の医師仲間と無意識に生活水準を比較し、「この地域の医師ならこれくらいが普通」というプレッシャーが働くのです。

理由②:現在バイアス——「将来の豊かさ」より「今の快楽」を選ぶ脳

行動経済学の重要な概念に「現在バイアス(Present Bias)」があります。人間の脳は、将来の大きなリターンより今すぐの小さな報酬を過大評価する傾向があります。

例えば、「今月20万円を投資に回す」より「今月の旅行に使う」という選択をしてしまう。30年後の資産1億円より、今週末の5万円の旅行の方が「リアル」に感じるからです。

医師は長時間労働・強いストレスにさらされているため、この現在バイアスがより強く働きやすい傾向があります。「ハードな仕事をこれだけやっているのだから、今この瞬間を楽しむ権利がある」という心理——行動経済学では「道徳的許可(Moral Licensing)」と呼ばれるバイアスが働きます。

理由③:金融リテラシーの欠如——医学部では「お金」を教えない

医学部6年間+初期研修2年間の計8年間、医師は医学以外のほぼすべてを犠牲にして勉強します。その結果、30歳前後で医師として独り立ちする頃には、投資・税務・資産運用の知識がほぼゼロという状態になっています。

実際に医師に多いのが次のパターンです:

  • 保険会社のカモになる:「節税になります」と言われ、貯蓄型保険に何十万円も払い込む
  • 銀行預金だけで安心する:「投資はリスクが怖い」と、インフレで実質的に資産が目減りし続ける
  • 詐欺的投資話に引っかかる:「医師向け」を謳った不透明なファンドや不動産投資に損をする

これは医師の「知能が低い」のではなく、単純に「学ぶ機会がなかった」だけです。医師免許を取るための勉強と、お金を育てるための知識は全く別物なのです。

理由④:節税を知らない——毎年数十万円を損している

医師は高収入ゆえに税負担も重く、給与所得が1,500万円の場合、所得税+住民税で実効税率は40〜45%に達します。しかし適切な節税策を使えば、毎年数十万〜100万円単位で手取りを増やすことができます。

節税手段年間節税額(目安)難易度
iDeCo(個人型確定拠出年金)年間10〜20万円
新NISA(成長投資枠+積立投資枠)運用益非課税
ふるさと納税年間5〜20万円相当の返礼品
医療費控除・セルフメディケーション年間2〜5万円
青色申告(開業・副業がある場合)年間65万円の特別控除

これらを活用しないまま毎年税金を払い続けることは、合法的に使える権利を放棄しているに等しいです。

理由⑤:損失回避バイアス——「投資で損をしたくない」という恐怖

行動経済学のノーベル賞受賞者ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)の研究によれば、人間は「同額の利益を得る喜び」より「同額の損失を被る痛み」を約2倍強く感じることが明らかになっています(損失回避バイアス)。

この心理が投資の妨げになります。「10万円投資して10万円儲かる喜び」より「10万円投資して10万円損する痛み」の方が強く感じるため、「投資はしない」という選択肢が合理的に見えてしまうのです。

しかし現実には、インフレという形でお金の価値は毎年少しずつ目減りしています。「投資しないこと」自体がリスクなのです。

行動経済学を逆手に取る3つの解決策

人間の非合理な心理を理解した上で、それを逆利用する仕組みを作ることが重要です。

解決策①:「先取り貯蓄+先取り投資」の自動化

給与が振り込まれたら、先に投資・貯蓄口座へ自動振替する仕組みを作ります。残ったお金で生活する設計にすれば、ライフスタイル・インフレを物理的に防げます。

私自身は、給与が入ると同時に以下を自動設定しています:
・新NISA積立:月10万円(自動引き落とし)
・iDeCo:月2.3万円(上限)
・ふるさと納税:年初にまとめて設定

解決策②:「デフォルト効果」を活用する

行動経済学では「デフォルト効果(Default Effect)」として、人間は「デフォルト(初期設定)」をそのまま選ぶ傾向があることが知られています。これを活用し、投資を「オプション」ではなく「デフォルト」にします。

例えば:
・毎月の積立額は「増やす手続きをしない限り継続」
・ボーナスは「使い道を決めない限り自動で投資口座へ」

解決策③:インデックス投資で「判断疲れ」を解消

医師は日々膨大な意思決定を行う職業です。「投資する株を選ぶ」という複雑な判断を加えると、脳の疲弊から「面倒だからやめよう」という判断につながります。

低コストのインデックスファンド(全世界株式など)への積み立てを選ぶだけにすることで、判断の手間を限りなくゼロに近づけられます。eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)などは、信託報酬が年0.05%台と極めて低コストで、長期積み立てに最適です。

まとめ:「知っている」と「やっている」の差が資産の差になる

高収入でも資産が増えない医師の共通点は、「意志が弱い」のではなく「行動経済学的な罠にハマっている」だけです。

  • ライフスタイル・インフレーションを自動化で防ぐ
  • 先取り投資でお金が「あれば使う」心理をシャットアウト
  • iDeCo・新NISA・ふるさと納税で合法的に節税
  • 低コストインデックスへの積み立てで「判断疲れ」を防ぐ

私自身、この仕組みを整えてから資産形成のペースが劇的に変わりました。難しいことは何もありません。仕組みを作る1日があれば、後は時間が自動で資産を育ててくれます。

参考文献:Kahneman D, Tversky A. “Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk.” Econometrica. 1979. / Frank RH. “Falling Behind: How Rising Inequality Harms the Middle Class.” 2007. / Thaler RH, Sunstein CR. “Nudge.” 2008.

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